リッチな体験  
 

2003-5/7 (Wed)

 
 

産まれてこのかた経験した一番リッチな体験とは何だろう?

私の場合は間違い無く世に知れたあの豪華客船クィーンエリザベス二世号(略してQE2)でのクルーズであろう。

そのクルーズは大西洋に浮かぶ島バミューダからニューヨークまでの二泊三日の旅であった。何でそのようなリッチな旅が出来たかと言うと、実はこれ仕事だったのである。

当時、M社とその他幹事会社4社でQE2をチャーターし、クルージングや船上ホテルとして利用するプロジェクトが有り、システム担当の私は事前調査と称し、現地で船内のシステムを調査してくる命を受けたのであった。

そこで、おっとり刀で成田からニューヨーク経由バミューダへ飛び、その時バミューダ沖に停泊していたQE2に乗り込み、船内調査をしたのである。

ところが、私は予約無しの急な飛込みだったらしく、部屋が確保されていない事が判明。そこで、なんとかQE2側が都合を付けてくれて、通されたのが「Queen Mary」と言う部屋。そこまで行くのに、ボーイに案内され、いくつものエレベータや階段を通り、10階ほど上がり、豪華そうなドアが並ぶ廊下と辿り着いた。しかし私の泊まる所はそこの部屋の並びでは無く、更に秘密の部屋に続くような階段を登ったところにあった。そこは客室としては船の一番先頭で、且つ一番高いところであり、そこに並ぶ4室はとても格調高く感じられる場所にあった。

ボーイに促され、部屋に入るとそこには豪華なキングサイズのベット。装飾は無論豪華絢爛。蛇口なんかも金でできている。窓の外には救命ボートならぬ救命クルーザーが付いている。部屋の大きさは2〜30畳はあったかもしれない。通常の部屋としては大きい方だが、船の中と考えると、これはとってもデカイ部屋であろう。

部屋は二つのようだが、一つはカギが掛かっていて開かなかった。後で聞いたがそのカギの向こうは別室と階段があり、下の部屋と繋がっているそうだ。そしてテーブルにはシャンパンと果物。貧乏症の私はこのシャンパンと果物に手を出すと金を取られると思い全く手をつけなかった。しかし後でわかったがこのシャンペンと果物は只だったのだそうだ。ああ、もったいない。

とりあえず、いやいや凄いなとは思ったが、なんせQE2の事、他の部屋も斯様に豪華なのであろうとさして気にもせず、どういうわけか怪訝な顔をしているボーイにチップを渡すと真面目な私はすぐに仕事のため船内を駆け回ったのである。

夜になり仕事を終え、部屋に戻ると枕もとに赤いボタンと緑のボタンが有るのに気付いた。これ何だろうと思い緑のボタンを押すと特に何のリアクションも無い。しかし暫くして誰かがドアのチャイムを鳴らした。誰だろうと思い、ドアを開けるとそこには初老の給仕が微笑みながら立っていた。

すると彼は「May I help you ?」と言うので、特に呼んでないよと言うと、その男は部屋の中に入ってきて、先程私が押した緑のボタンを指差し、緑だと男の給仕、赤だと女の給仕が来るのだと教えてくれた。そうかー、じゃ赤を押すと女性が来るのかと思ったが、緑で来たのが初老の男であるなら、赤も若い女ではないなと思い、特に試さなかった。

実はQE2は部屋とレストランが紐ついていて、泊まる部屋によってレストランが決まるのである。それとフォーマルデーとノンフォーマルデーがあって、フォーマルデーの日には男はタキシード着用である。その日はフォーマルデーであったので、慣れないタキシードを身につけたが、この一番高い所にある部屋はゆっくりと大きく揺れ、その着付け作業で船酔いしてしまい、通されたレストラン「Queen‘s Grill」ではキャビアなんかも出されたが、ほとんど何も食べられなかった。後でこれもわかったのだが。このレストランも最高級レストランだったのだそうだ。

そして部屋に戻り、部屋に備え付けのデッキから大西洋を眺めた。ちょうど満月でその明かりが大西洋に映り、とても綺麗な情景であった。しかし、この豪華客船でゆっくりとデッキにくつろぎ、海に映る月影を眺めるなんて最高の贅沢であるはずなのだが、仕事である事がどこかそのような時間をじっくりと楽しむ心の余裕が持てず、早々と馬鹿でかいキングサイズのベットにもぐり込んで寝てしまったのであった。

さて、首尾よく船内調査を終えニューヨークに経由で再び日本へ戻ったのでわけである。そしていよいよイベントが近くなり、いろんな資料が出来上がって来た。そこで私の泊まった部屋のグレードは如何ほどかと思い、どれどれと価格表を見てぶっ飛んだ。

何と私の泊まった「Queen Mary」は最高級グレード「AA」で一泊70万円!それもエリザベス女王はもちろん、ロッドスチュアートなんかも泊まった部屋だそうである。そうかー知らなかったー!これで私を部屋まで案内したボーイの怪訝な顔もわかった。要するに「何でこんな奴がここに?」と思っていたのだ。

どうやら、当時はるばる日本から駆けつけた今度のイベントを主催する会社の人間に、QE2側が粋な計らいをしてくれたのが真相のようだが、そんな最高級の部屋だと事前にわかっていたら、この私、仕事は適当にして存分にリッチな気分に浸っていたのは間違い無いところ。おそらくあの部屋を寝るためだけに使ったのは長い歴史上、私だけであろうと思う。従い、決してリッチな気分には浸っていないのである。

その後、イベントが始まり何度は泊まる事になったが、泊まる部屋のグレードは段々下がり、最後は悲しい事に船底であった。

これが客観的に見て、私の体験したもっともリッチな経験であるが、本人にその自覚が全く無いのが残念なところである。

クヤシー!