米式解雇  
 

2002-7/1 (Mon)

 
 

さて、7月に入った。今月は米国での経験を中心に進めて行こうと思う。

私は1996年4月から米国はニューヨークへ5年間駐在したわけだが、その5年間で文化と国民性の違いを嫌というほど肌で味わったわけである。最近特に感じるのだが、この経験はやはり海外経験の無い日本の方々にとってはなかなか理解し難いものであるらしい。従い、この経験から培われた私のどことなく日本人離れした言動や行動に眉をひそめている御仁が多いのも変に納得できる。仕方無いよね。

でも、そう言った方々も今月まとめる私の数々の経験談を読めば、思わず頷き、涙を流し、今まで私に辛く当たっていた事を悔い、慙愧の念に駆られ私に優しくなるか、ますます「やっぱり、こいつは日本人じゃない」と引いていよいよ解雇の憂き目に会わせるかのどちらかであろう。。。ま、どっちでもいいや。

さて、まず何と言っても私が最初面食らったのは、解雇の方法。英語では「Fire」と言うが、このやり方が日本とは全く違う。日本では「肩叩き」と称する婉曲な方法を取り、時間を掛けて相手から辞職願いを出させるのが一般的であろう。この「皆まで言わずに察しろ」と言う如何にも情緒的な日本人的な対応など向こうでは無い。そう、米国ではその日に解雇即退場が通例で事前通告などほとんど無いのである。

例えば、解雇の対象となっている人物が朗らかに「Good Morning!」とか言いながら、偽善の社交辞令的な笑みを浮かべやって来て朝席に着く。そこで人事から電話が有り、ちょっと人事まで来てくれと言われる。

そこで件の人物は「何か良いポジションでも与えてくれるのか?」とか思って、期待に胸を膨らませスキップ踏みながら、人事に行くといきなり渡されるのが、「あなたを解雇します。尚、この解雇には一切異論は言わず、訴えません」と書かれた解雇通知。???とうろたえる間もなく、人事担当は慣れた言い回しで、呪文のように澱みなく解雇の趣旨を説明し、サインを求めてくる。

ここで、無論一悶着あるのが通例だが、その解雇の理由が正当であれば文句が言えない。では何が正当な理由かと言うと「あなたのやっていた仕事から会社が撤退する」「あなたの職制やポジションを会社として見直し廃止する」の二つが典型的な理由である。要は「あなたの責任では無い。客観的情勢があなたの職務を奪うのだ」とすれば問題無く解雇できるし、訴える事もできない。だから解雇した場合、上記理由に持っていくように、人事担当者とマネージャーはいろいろと作戦を練るのだ。

解雇に際してはそれなりの手切れ金(通常給与の2〜3ヶ月分)と、Outplace Manと呼ばれる世話人が付けられる契約となっているのが一般的である。そのOutplace Manはその人物が次の就職先を見つけるまでのフォローや、色々な不平不満を聞いたり、なだめてやったりする事を行い、解雇された人物と会社との間の仲介役になるわけである。そこは当日解雇や訴訟が常識の米国であるため、そのあたりのProcedureは行き届いている。

そう言った点では日本より遥かに解雇後のアフターフォローは充実している。だから日本でも、外資系企業から解雇された人は、次の就職先が決まるまでかなり手厚く金銭面含めて面倒を見てくれる。尚、念のため断っておくが、会社に損害を与えたり、不祥事を起こしたりして解雇された場合は、米国でも日本でも何ら保証されないのは同じである。

言うまでも無いが、この当日即解雇はちょっと日本人の感性では付いていけない。凄いのは人事で解雇通知を受けた後一応身の回りの整理に席には戻らせるが、身の回りの私物だけを取り纏めさせたら即退場願う事だ。でももっと凄い時は、席にも戻さずそのまま人事からお帰り願う場合もあるようだ。その際、上着が置いてあるので席に戻りたいと申し出ても「後から自宅へ送ってやる。帰りは今から車を呼んでやるからそれで帰れ」と言うケースもあるらしい。

何でそこまで神経質になるかと言うと、席に戻った際、大事な顧客リストを廃棄したり、社外秘の資料を持ち出したりして、会社に危害を加えようとする事を避けるためである。従い、席に帰った場合は不穏な動きをしないよう、その私物取り纏め作業を背後から見守るわけである。私などは何度もこの監視作業を経験をし、他のローカルスタッフの冷たい視線を受け、非常に辛い思いをしたものだ。

またその時、重職に着く方々は万一逆上されて危害でも加えられたら困るので、解雇される人間の目に触れないところに隠れているのである。これは会社からそう指示されるわけで、何もその重職の面々が卑怯なわけでは無い。ちなみに何故私は隠れていなかったかと言うと重職で無かったからであり、会社からはいつ刺されても撃たれても良い人物と思われてたのは明白である。

もっとも解雇される方はもっと辛いのであろうから愚痴も言っていられないが、マネージャーと言う職責を与えられたがため、このような事を何度も繰り返せねばならなかった事は仕事と言え、嫌な思い出の一つである。もちろん、これは日本では当然考えられない事態で何度も「こんな事をしに駐在したのでは無い!」と心の中で叫んだものである。

従い、解雇通知をする前の事前準備は大変である。契約面での人事との調整もさることながら、夜中に解雇する人物の机を開け重要書類を抜き取ったり、解雇されて逆上するケースも考えられるので、ペーパーナイフやはさみ等を事前に取り上げておいたりするのである。

もちろん、解雇まではその人物に一切悟られてはいけないので、その直前まで何事も無いかのようにその人物と接して行かねばならず、この事もかなりの人格破綻を招く結果となったので無いかと思っている。病気の子供を持っていたり、ここを解雇されたら行き場が何処にも無いだろうと思われる、老人の解雇の時などは本当に申し訳ない気持ちになったものだ。

だから、解雇の際はかなり手厚くそれぞれに対したと思うが、それでも結果的に恨みを買うような解雇の形となってしまった場合は、家族に「家に怪しいもいのが届けられたら開けるな」とか指示したり、私も不慮の出来事に備え、防弾チョッキで作られたカバンに変え、防衛策を取ったものである。