緊急速報!!(三田線の恐怖)  
 

2002-6/13 (Thu)

 
 

今月は髪の話題で攻める予定であったが、本日皆が喜ぶ大失態を演じたので予定を変更してご報告したいと思う。

その前に何故この話がかくも数奇な話であるかをご理解頂くためには、都営三田線の仕組みについてまず知って頂く必要がある。

ご存知の方も多いかもしれないが、都営三田線には転落防止のため、線路とホームの間に仕切りがあり自動ドアが付いている。ちょうどホームの白線部分にあたる所にその仕切りは立っていると思って頂きたい。電車待ちの状態では閉まっており、もし線路に降りようとする場合は1メートル2〜30センチほどのその仕切りをまたがなくてはならず、かなり困難である。電車が駅に着いて電車のドアが開いた時に初めてその仕切りのドアも開くようになっている。ちなみに南北線は仕切りではなく、完全にホームと線路が透明のガラスのドアで遮断されており、またぐことはできない。どうしてもと言うなら、ガラスのドアを割るしかないのではないか?

さて、このような環境をご理解頂いた上で、この自分にとってはとても悲しい、しかし、他人にとってはとっても楽しい話を聞いて頂きたい。

私の勤務先は都営三田線の西台である。しかしながら仕事柄よく飯田橋へ出向く事がある。その際の経路は、都営三田線で春日まで行き、そこから都営大江戸線に乗り換え飯田橋まで行くのである。

しかし、不思議な事にいつも三田線の巣鴨を過ぎる辺りから睡魔に襲われそのまま降りるべき春日を寝過ごし、次の水道橋で降りて引き返す事を1度や2度ならず度々経験している。

今日もいつものように、巣鴨を過ぎ睡魔に襲われ、千石、白山と眠りこけていたわけであるが、ハッと気付くとちょうど春日の駅に着いてドアが開いたところであった。お、いけないと思い、立ち上がると網棚から重いカバンを下ろし、あわててホームに降りた。と、その瞬間、傘を手すりに掛けっ放しであったのを思い出し、一瞬、このまま放っておこうかと思ったが、あのケンブリッジ大学のロゴが入った傘は何だか、今まで無くしたかと思うと、再び出てくると言う不思議な縁のある傘である事を思い出し、また反射的に電車に飛び乗ったのである。

多少混雑している車内を「すみません、すみません」と言って掻き分け、傘を取るとすぐ様Uターンし出口へと急いだ。しかし、運悪く既に発車のベルが鳴り響いており、すんでのところでドアが閉まり始めた。ここで降りられなければ傘を取りに戻ったあの男は結局降りられなかったと、周囲の失笑を買うのは間違い無い。そこで私は咄嗟にカバンをドアに挟んだのである。

首尾よくカバンをドアに挟むと、周囲の乗客は私が乗ろうとしてカバンを挟まれたのでは無く、降りたいがために挟んだのだと言う事をそれまでの動きからわかっている。従い、ドアのところにいた乗客は親切にもカバンを車内に引き込むのでは無く、ドアを開けることに協力して頂き、結果、ドアは開いて私は目出度く車外に出られたのある。

お、出られた良かったー、恥かかなくて済んだ。とホッとするのも束の間、次の瞬間、先ほど説明したホームの仕切りのドアが既に閉まっている事に気付いた。そう、電車のドアとホームのドアは連動しているのでは無かったのである。

お、どうしようと思う間もなく、今度は電車のドアが無慈悲にも閉まってしまったのである。従い、私は恐ろしい事に電車のドアとホームのドアの間の人一人がやっと立てる程度の隙間に挟まってしまったのである。その瞬間、けたたましく鳴り響くサイレンの音と仕切りの上で点滅する赤いランプ。しかもこの極端に狭いスペースでは、その仕切りを乗り越える事もできず、かと言って振り向く事もできず、私はただただ、後頭部の禿げをさらしもののように乗客側に示したまま、その前人未踏の空間に立ち尽くすしか術が無かったのである。そう、おそらくこの経験は人類の歴史上、私が初めてではないだろうか。

幸い、電車はそのまま発車すること無く、電車側のドアが再び開いた。その時私のできる事と言えば、大人しく再び電車に乗る事しか無く「どーしてホーム側の仕切りのドアを開けてくれないのだ!?」と心の中で叫んでいたが空しいことであった。

そして、電車は何事も無かったかのように静かにホームを走り出すと、私は気を取り直し、周囲の乗客に「お騒がせしました」と頭を下げたのであった。これが私にできるすべての事であった。そして、頭を下げ、面が割れないようにドア側に顔を向けたまま、次の水道橋の駅が来るまで、恐らく周囲から漏れる失笑を通り越して爆笑を耐え忍ぶ空気を肌に感じ、また、注がれている非難と同情が入り混じった視線を受けながら、じっと耐えていたのである。

しかし、水道橋駅についても試練は再び起こった。心情的にはこのまま私が立っている側のドアが開けば、振り返る事も無く周囲にこの恥さらしな顔を見せる事も無かったのであるが、神はどこまでも非情だ。思いは適わず開いたのは反対側のドアであった。

仕方なく、私は半ば頭を垂れ振り返ると足早に乗客を掻き分け、反対側のドアから逃げるように降りたのであった。その時、犯罪者が顔を隠すためジャンバーなどを頭から羽織る心境を、嫌と言うほど思い知ったのであった。

しかしながら、これだけの事をしでかしながら、不思議と穴があったら入りたいと言う感じにはならなかった。その理由はおそらく、一つは春日では起きがけで多少寝ぼけていたこと。もう一つはどこか頭の片隅で、この事件を目撃した乗客に格好の笑い話を提供する事で、幸せを届けることができたと言う、私の使命を達成した充実感からであろう。そう、間違いなくこの話は語り継がれ、お茶の間や世間を幸福にするはずである。

しかし、これであのまま私が電車と仕切りの間に挟まれたまま電車が発車していたら、一体どうなっていたのであろう。間違いなく笑い話で済まなかった可能性がある。その時、現場検証した係官は間違いなく「一体、どういった事が起こったらこの隙間に挟まるんだ?」と頭を悩ませたに違いない。

私はまた一つ金字塔を打ち立てたようである。満足である。