大骨折  
 

2002-3/13 (Wed)

 
 

私は数年前右足のすねを7箇所も折ると言う大骨折をしたことがある。

実はこの話の経緯をしっかり物語としてまとめようと思ったのだが、今の状況下ではいつになるかわからないので、そのトピックのところだけを書いて置く事にする。

要するに東京25年ぶりの大雪の日に家の中の階段で転んで折ったのだ。従い、雪とは何の関係も無い。何もわざわざこんな日に雪とは関係無しに折る事も無いのにと思うだろうが、こう言う運命にあるのだ。私の場合。しかしながら、救急隊員も病院も最初に口をついて出るのは「雪ですべったのですね?」の第一声。だから違うんだってば。

救急車で担ぎ込まれた病院の看護婦がこれまた美人であった。その瞬間痛さを忘れ、「おお、この方に看護されるのも悪くない」と思ったわけである。しかし、骨折の痛さは折った時よりも、その数時間後の鬱血が始まった辺りからの方がとんでも無く痛い。あまりの痛さに耐えかね、見舞い客を追い返した程である。

そこでその美人の看護婦に「物凄く痛いのですが鎮痛剤は?」と言うと、注射を打ってくれた。しかし、これがまた全然効かない。そこでその事をまたその看護婦に訴えると、何でも一番効くのは座薬であるとのこと。座薬をその時まで使ったことはなかったが、この痛みから逃れられるのであれば、私の初体験を捧げようとのことで、それをお願いした。

ほどなくしてその美人の看護婦は座薬を持ってきた。そしてその座薬を片手に掲げながら「入れましょうか」と聞く。何せ美人である。その時の私はまだ好色な中年男のノリは無く、高潔な青年であったため、美人に挿入を頼むようなことはできない。「いえ、結構です。自分がやります」と断ったのは当然のことであった。

看護婦が去ったのを確認しておもむろにパンツを下げ、ギブスをして吊られた右足が曲がらずとても不自由であったが、それを挿入しようと試みた。ましてや初体験である。勝手がよくわからなかったが、結果さして抵抗感も無くその座薬は静かに内部へと消えていったのである。

そして数時間経った。時はもう既に深夜である。少し痛みが和らいだなと思った時、お尻が冷たいのに気付いた。立って確認するのはできないので、手で触って確認するとお尻が濡れている。これはどうしたことかと思ったが、どうやら先ほどの座薬が漏れている模様。後でわかった事だが、座薬挿入のコツは、座薬の頭が隠れたくらいでは不十分で、もっとグッと奥に押し込まないとこのように漏れてくるのである。

これはしまった下着を替えねばと思ったが、誰か人を呼ばないと替えられない。しかし当直はあの美人看護婦である。座薬挿入の危機をせっかく脱したのに、今度はパンツ替えてくれでは元も子も無い。

仕方なく、ここは独力でパンツ交換の技にチャレンジすることにした。幸い替えのパンツは、手の届く引き出しの中にあった。

まず手で下ろせるところまでパンツを下ろした。それから後は健常な左足を巧みに使って、一気にギブスの足元までパンツを下ろす事ができた。さて、そのパンツをこれまた器用に左足を使い、手元まで運ぶと今度は替えのパンツを手でギブスの右足に引っ掛けようとした。しかしこの時、大変なことに気付いた。

ギブスをしている右足の先っぽにパンツが引っ掛からないのである。いくら右手でパンツを持ち右足の先に引っ掛けようとしても、ギブスで足が曲げられなくなっている右足の先には届かないのである。引っ掛かりさえすれば、あとは左足を使い事も無げにパンツを履く事はできるのであるが、まずは右足の先っぽにパンツが引っ掛からない限りは事が前に進まない。何度トライしても届かない。ウソだと思うのであれば足を曲げずに果たして先にパンツが引っ掛かるか試してみると良い。

最初は何とかなるかと思っていたが、何度トライしても駄目なので、焦ってきた。このままパンツを履けずに下半身をまろび出したまま朝を迎えたら、あの美人看護婦に一体何と言い訳すれば良いのだ?いきなり変質者に成り下がってしまう。

その間の様々なトライアルは、人知の限りを尽くし、ありとあらゆる工夫と創意を駆使した、筆舌に尽くし難い涙ぐましい数時間であった。美人看護婦がやってくる朝までの時間はあまり無い。早くせねば。左足の指にパンツを挟み履かせようとしたり、パンツをギブスの上に投げてみたり、まさに自分と言う人間の尊厳を保持できるかどうかと言う、ギリギリの戦いであった。ギブスで足を吊られた男が必死でパンツを履こうとしている。誰も見ていなかったとは言え、そのアクションは悲しい青春の1ページであった。

もう看護婦が来ると言う直前に、なんとか奇跡的にパンツを履く事ができた。途中何度あきらめて変質者の汚名を甘んじて受けようかと思ったが、その都度思い直し頑張ったのである。人間としての尊厳の勝利である。そして、その時正に私は痛みを忘れていた。思えば何よりの鎮痛剤であったのである。

そして朝が来て美人看護婦はやってきた。「おはようございます」と言われたが、既に疲労困ぱいの私は満足な返事ができなかった。よっぱど痛かったのであろうと察した看護婦は
「座薬、効きませんでした?」と聞いてきたので、私は「いや、もっと効く鎮痛剤を見つけてね」と言うのが精一杯であった。