欲情男の不覚  
 

2002-2/23 (Sat)

 
 

やはり先日猪突猛進型のT君のエピソードを紹介したからには、その対峙的な位置関係にある深謀遠慮型のI君について語らねば不公平である。そう言えばこの二人K大とW大出身である。ここも対峙的と言える。尚、このI君については既に1月17日のDiary「司会とスピーチ」で紹介されているので、参考にされると良い。

さて、このTとIを従えてその昔、とある食品流通業界のプロジェクトをやっていたのである。こんな二人を抱えていたから、それはそれは呆れるのやら、おかしいやらで毎日楽しい日々を送っていた。しかしこのプロジェクト、先日話した大川課長(2月8日のAnother Mr. O参照)に半ば騙され、やらされる羽目になったのだが、相当過酷なプロジェクトでM社、H社ともに瀕死の状態だったのである。

そんな中、ある日会議が始まるので4階の作業場所から5階の会議室へと、階段を上っていった時のことである。件のIが首をうなだれがっくり肩を落とし、溜息をつきながら階段を上ってくる。

私はその時、ああ彼もついにこの過酷なプロジェクトで心身ともに披露困憊であるなと思い
「どうした元気ないじゃないか」
と声を掛けた。すると彼は
「一生の不覚を取りました」
とかぶりを振りながら弱々しく目に涙を溜めて訴えてきたのである。

そのあまりの落ち込みように、驚いた私は事情を聞くことにした。自殺でもされたらたまったものでは無い。すると彼曰く、4階の作業場所に気に入ってるナイスバディの女性MS.Tがいて、そのT嬢がコピーを取っていたそうである。そしてその後姿、特にヒップラインの辺りを舐めまわすように見ていて
「あ〜、やっぱりTちゃんいいな〜」
と目を細め、欲情していたのだそうだ。そうして彼女がコピーを終え、振り返った時なんとそれは、彼のタイプのT嬢では無く、ほとんどどんな女性でもOKであるIが、唯一天敵とまで恐れていた、イカリ肩の筋肉質タイプのO嬢であった。(注:O婦人では無い)

その時の彼の驚愕振りは計り知れないものであったそうである。すべての女性に対しては白馬の王子を演じられる彼ではあったが、それはあくまでも社交辞令であって、気にいったり、欲情したりする女性のタイプにはとことん拘る人間で、またその自分のセンスに揺ぎ無き自信と誇りを持っていたのである。

その彼が、よりによって唯一女性と認めたくないO嬢に発情したことは、彼のプライドはズタズタに切り裂かれて、今まさに人格崩壊のまっ最中であった。しかしながら、彼が「一生の不覚」とまで言うその落ち込んでいる理由を聞いて、上司の私は呆れるのを通り越して、静かに笑うしかなかった。皆様もその気持ちはご理解頂けるに違いない。この非常時にこいつは一体何を考えてるのだ。いっそのこと自殺を勧めてやろうかと。

しかしこのO嬢、見間違えたIの肩を持つわけではないが、確かにその頃結婚が決まり短かった髪を伸ばしていからせた肩を隠し、体もシェイプアップし筋肉質から女性的で魅力的なボディラインへと変貌を遂げている最中ではあったのも事実である。

蛇足だが、誰もが彼女の結婚を予想していなかっただけに、彼女の結婚はちょっとしたセンセーショナルな事件であった。時のO嬢の上司は件の大川課長であったが、O嬢が会社を辞める旨を大川課長にした時、よもや結婚で辞めると言う事を頭の片隅にも置いていなかった大川課長は持ち前のアメリカ仕込みのフレンドリーな態度で
「へー、何で辞めるの?転職?家業でもやるの?あ、わかったオリンピックに出るの?」
とか言っていたらしい。いつまで立っても寿退社を見抜かない大川課長に郷を煮やしたO嬢は
「結婚するんです」
と言ったところ、いつものように足を組んで深く椅子に座っていた大川課長は、その瞬間驚愕の余りトレードマークのヒゲを逆立て、反射的に椅子からバネ仕掛けのグラスホッパー(バッタ)のように飛び上がり、天井に頭をしたたかにぶつけ気を失ったそうだ。

それほど一般人からご結婚とは無縁と思われたO嬢である。しかしながら事実は小説より奇なり。そんなO嬢ではあったが、不思議なフェロモンを巻き散らすらしく、その時付き合っていた何と数人の男から、その旦那を選んだそうである。そう言えば、一度フィアンセの写真を見せてもらったが、尻の周りにまで体毛を繁茂させてるような、村上龍ばりの濃い感じの男ではあったが、結構美男子であった。従い、とある特殊な世界では彼女はとても魅力的な女性であったらしい。そうであってもやはりI氏にしてみれば、自分の天敵に欲情するとは自分が許せなかったのもわからないでもない。

しかし、このI氏も「もう生きてる価値が無い」とばかり、ここまで落ち込むのはやっぱり通常人の神経とは言えない。そう言えばいつだったかの年末に家に遊びに来た時、彼とその年一年の総括をしたことがある。その時彼は
「今年は本当に女性には縁がなかった」とのたまう。

でもそれから酒が進むに連れて出てくる彼のその年の悪業の数々を聞いていて、思わず私が口にしたのは
「おまえ、それは普通の人にはいろんな事があった年って言うんだぜ」

その彼も今はM社を去り、先日K社を抜いてシェアトップに踊りでたAビール会社に転職した。

このA社の先行きが心配である。