T君  
 

2002-2/18 (Mon)

 
 

今日はNOVEL PAGEにある「涙のキッス」の主人公の話をしよう。

名はT君と言う。彼は商社に入ったのにシステム系の仕事をやらされ、その不満をいつもくすぶらせている人間であった。しかしながら会社は非情。システム部に配属されただけでなく、ついには情報系の関連会社へと出向を命ぜられてしまったのである。

然しながら、不満はあっても仕事は前向きな彼。常に全力投球である。しかし全力投球なのはいいが、仕事の指示をすると「わかりました!」って勢い良く飛び出して、いきなり崖から落ちる猪突猛進型の典型であった。しかし元気で屈託が無いせいか、すぐ崖から這い上がって「間違えちゃいました!」と明るく笑える、はっきり言ってどこか頭のネジが一本緩んでる奴であった。

その彼、彼なりに一所懸命作ったシステムの仕様書を時の上司のA氏に見せた。何事にも自分のやったことは完璧と信じて疑わない彼であったが、その書類をA氏に提出すると、ムベも無く作り直しの指示。心の中で「どこが悪いんだ!」とおそらく叫んだ彼であったが、客観的に見ると彼の作った成果物に落ち度が無いわけは無い。字も汚く、ファイリングの仕方も粗野である。加えて、チェックしたA氏と言うのが、これまたその関係会社で始めてのT大卒の堅物。理論では右に出るものがいないのだ。

納得いかない仕打ちに怒り心頭のT君。彼の反骨心がムクムクと頭をもたげ、そのまま彼は一気に徹夜で仕様書を書き直したのであった。

一夜明け、T君はA氏の来るのを今か今かと待っていた。「今度こそ完璧だ!」T君は自分の完璧なまでの仕様書を見たA氏が感嘆の声をあげるのを思い描いて、大笑いをしていたのであった。

そしてA氏が登社してきた。満を持したT君はツカツカとA氏に歩み寄り、A氏に勝ち誇ったように徹夜で書き上げた仕様書のファイルを見せた。

しかし、その挑発的な態度にたじろぐ分けでもなく、A氏はインテリにありがちなクールな態度で、そっとその仕様書を受け取ってパラパラめくり始めた。

数ページめくって彼はファイルを閉じた。勝利の含み笑いを浮かべ、T君は賞賛の一言をじっと待っていた。A氏はT君にクールに言い放った。

「いろいろあるんですが。。。まず、仕様書のパンチの穴が曲がってます」

三度目の作り直しの指示が下ったのは言うまでも無い。