理想の結婚  
 

2002-1/10 (Thu)

 
 

こうなったら結婚シリーズだ!

この頃は良く結婚式でスピーチを頼まれる。その時に話すことは二つ。一つはもちろん、その人にまつわるエピソードであるが、もう一つは私の結婚感を話すことにしている。今日はそれを纏めておこう。

まず、どんなに盛り上がって結婚しても直に必ず冷める。恋人時代はデートしている時間くらい、いい男といい女を演じられるが、結婚はもうモロにお互いの真実の姿が醸し出されるわけである。さすればいろいろあるわな。私なども隣で寝ている妻の顔を見て「なんで昔はあんなに盛り上がったか?」と自問自答することがままある。元々生物学的に言っても3年半が恋愛感情の続く限界だそうだ。

然るに、その恋愛感情が冷めても夫婦の絆を保ち続ける秘訣が必要であるが、それは何かと言うと、互いを「尊敬」し合う気持ちであると思う。

結婚を決める時の要素は人それぞれである。優しい、かっこいい、金持ちである、高学歴だ、性格が良い等々。でもそのすべてを満たす理想の人間などいやしない。だけど、その要素の中で、これだけは尊敬できると言う要素があれば結婚したら良いと思う。あとの要素は落第点でも、その当たりは目をつむるか、長い目で見て再教育を行うかをして凌げば良い。逆に言えば相手に尊敬できる部分が無ければ結婚は難しいと思う。

そう、夫婦の愛は「尊敬」が基本である。

次に子供ができるとその尊敬の愛はやがて家族を守ると言う「慈愛」に変わる。「子は鎹(かすがい)」とは良く言ったものである。けだし名言かと。しかし、最近子供が育ってきて判った事だが、今まで愛想を振り撒いていた子供も小学校高学年ともなると、友達と遊ぶのが楽しくなり、次第に親は相手にされなくなる。(NOVEL PAGEの「娘」参照のこと)

この時、子供を溺愛してきた親はショックを受ける。一昨日のH社の下谷。。。おっと危ない、S氏などはその時廃人同様になってしまうのが目に見えるようである。だけれどもそれも自然の摂理。親の方も早く子離れして再び自分の道を歩むに越したことは無い。

それで理想の結婚はと言うと、私の場合あの植村直巳夫妻の事を思い出す。

植村直巳。言わずと知れた冒険家で、最後はアラスカ、マッキンレー山の冬季単独登頂中に遭難してしまい帰らぬ人となった。そして行方不明となって数週間後であったろうか、絶望視されて惜しまれる声が聞こえる中、奥さんが記者会見を行った。

奥様は気丈に様々な質問に答えていたが、最後に言った一言。これがまさに理想の結婚では無いか。

「私は植村と暮らせて幸せでした」

それは長い夫婦生活。きっといろいろなトラブルはあったろう。
でも最後にこう言われて、植村直巳も本望であったに違いない。