才能  
 

2001-8/26 (Sun)

 
 

私は世間に言わせると所謂才能に恵まれた人らしい。

確かに歌は歌うは、曲を作るは、詩を書くは、ピアノは弾くは、ギターは当然、ベース弾かせりゃプロ並だは、エッセイも書くは、スピーチはうまいは、結婚式の司会なんかはお手のものだし、ヘタウマだが絵も書いてしまうのである。

うーむ。我ながらひょっとししたら一介のサラリーマンにしておくのは惜しい気がする。でも、若いときならいざしらず、最近はその才能を人にひけらかしたいとは思っていない。そうではなく、この偶然神から与えられた才能を自分のためでは無く、人のために使うべきであると思っているからである。

才能があると言う事はある意味では強力な武器を持っていると同じ事だと思う。と言うのは、その才能で人を助けることも傷つけることも可能であるからだ。だから武器なのだ。例えば銃はそれ自体良いものでも悪いものでもない。良いか悪いかは使う人間の問題である。

確かにこの才能で随分と人を助けたことがあると思う。一方、何度か人を傷つけてしまったこともある。やはり才能があると言うことはその才能に自分が責任を持つと言うことを忘れてはならない。

私の創作意欲は人とのコミュニケーションによって生ずる。だから例えば人との関係を絶ってアトリエなんぞに篭っても、きっとなんら素晴らしいものはできてこない。確かに今までも自分なりに結構な作品ができたと思う時は必ずと言っていいほど、人との関係が蜜である場合に限る。だから私のこの類まれなる?才能を維持するためには常に、円滑であろうがトラブルであろうが、人とのコミュニケーションが必要なのである。

昔は山っ気もあって、いろんな人に聴かせたり、見せたりして儲けようなんて考えてた時期もあったが、今はもう無い。万人に認められるより、私の作るものによって一人でも感動してくれる人がいるならそれで十分だと思ってる。